二人以外の誰もいなくなった此の場所。
木々が二人を包み込むかの様に揺らめき、さわさわと木の葉の掠れる音を鳴らす。
見える空は雲一つない快晴で、彼女の憂鬱な心を溶かしてくれる様だった。
はカッシェルのそばに膝をつくと、地面に腰を下ろして自らの太腿にゆっくりと彼の頭を乗せた。
彼女は口許を歪ませて彼の瞑った目を見、目線をずらして口当にやると彼の後頭部に手を回して、口当を外した。
「ねぇ、カッシェル…聞こえる?」
そよそよ…
風が流れる音がやけに大きく聞こえる。
そして、自分の心臓の音も。
は再び問い掛ける事なく、カッシェルの顔をじっと見ている。
しばらく経つと、彼の弱々しい声が聞こえてきた。
「何ですか…姫。」
それは、カッシェル特有のの呼び方だった。
「とんでもありません!!俺はただ、様のお相手をしていただけで…。」
「問答無用!!お前が何をしでかしたかわからん!」
ヴァーツラフはそう言い放つと、土下座して額を床につけているカッシェルを足蹴にした。
「死刑台に連れて行け。」
ヴァーツラフは冷たく言い放つと、カッシェルをねめつけた。
「しかし、こやつは王子のお気に入りの部下では…。」
「こんな事をやらかした後で、お気に入りも何もあるか!!」
ヴァーツラフは壁に強く拳を打ち付けた。
カッシェルは一瞬ビクリと肩を上げたが、すぐにダラリと下げる。
「よし、連れて行け。」
周囲にいる兵士達に両肩を掴まれ、カッシェルは無理矢理立たされた。
― 俺もこんなんで終わりか。
カッシェルはふとそう思うと、自分があまりにも滑稽で笑えて来た。
その時、木製の大きなドアが開き、小さな少女がシルバーヘアを靡かせて駆け込んで来た。
「に、兄様!何をやっているの!?」
「!!何故ここに来たのだ!?」
ヴァーツラフは駆け込んで来た妹を捕らえようと腕を伸ばしたが、間をスルリと抜けられてしまったので虚しく空を掴んだ。
「!!」
ヴァーツラフは少し声を荒げて妹の名を呼んだ。
しかし、妹は仁王立ちして断固兄の元へは行かないという態度を示している。
「兄様、カッシェルが何故こういう事になっているか、私に説明して下さいませんか?」
は兄を見上げると、眉をひそめて睨み付けた。
ヴァーツラフはそれにたじろぐと、ジェスチャーをしながら理由を話出した。
「…だからだ、眠っていたお前を抱えてきたのであって。」
「それは、王女の私が道端で眠ってしまったからですわ。家臣として放っては置けない状況でしょう?」
「しかし、私になんの断りもなく用事を投げ出すとは…。」
「私が、私と一緒に隠れんぼをする様に命令したんですの。それに、約束の時間になっても現れなかったのは兄様の方でしょう?」
「ぐっ…。」
「私が、カッシェルを連れ回したんですの。何か悪い点がありまして?」
「くぅ…。」
「ヴァーツラフ兄様っ?」
が脅す様に睨み上げると、ヴァーツラフの顔は困った様に緩んだ。
カッシェルはその光景を見ながら、それを他人事の様に楽しんでいる。
― 王女の勝利は確実。今にも俺は解放されるだろう。
彼はニヤリと笑った。
「…わかった。お前がそこまで言うのなら…咎めずに解放しよう。」
「当たり前ですわ。」
はつんと兄から顔を逸らすと、勝ち誇った様に腰に手を当てた。
「。」
「何ですか?」
「夕食の後に私の部屋に来い。」
「わかりました。」
ヴァーツラフは妹にそう言うと、カッシェルに何の言葉もかけず供を連れて部屋を出て行った。
「私達も参りましょう?」
は残ったカッシェルの手を取ると、ドアへと引っ張った。
「ごめんなさい、カッシェル。私が寝てしまったために。」
「…本当ですよ。まさか死刑台送りにされそうになるとは思いませんでした。」
はそれを聞くとクスクス笑った。
「兄様を許して下さいね。私の事になると、見境がつかなくなることがあるの。」
カッシェルは頭をボリボリ掻くと、に責められていた時のヴァーツラフの顔を思い出した。
「確かに。しかし、後で大目玉をくらわれるのでは?」
「そんなことありませんけど。」
「しかしさっき…夕食の後になどと…。」
は思い出したように手をポンと叩くと、お腹を抱えて笑い出した。
「それはね!!ふふ、兄様は私に嫌われていないか確かめるためにと機嫌をとるために部屋に呼んだのです!!ふふふ!!」
カッシェルはの答えに深く頷くと、「そういうことか!!」と満足したように言った。
「姫。」
「え?」
「姫。」
「…なんですか?」
「俺はもう行きます。」
「あ…はい。」
はぽかんとカッシェルを見つめた。
カッシェルはその視線を気にしないように去ろうと足を踏み出したが、それは彼女の手によって阻まれた。
「…まだ何か用が?」
カッシェルは迷惑そうにじとりとを見る。
「あ、いえ…。手が勝手に。」
「…。」
それを聞いてカッシェルは無言で立ち去ろうとしたが、再びの手がそれを阻んだ。
「姫。」
「……それ。何です?いきなり姫など…。」
はカッシェルを掴んだまま言った。
カッシェルは返答を少し考えると、
「……あなたは、守られる姫ですよ。」
と言った。
「守られる姫?」
「王女というのは、もっと強そうな感じがします。」
「もしかして、カッシェルの言葉の感じ方の違い?」
「…そうでしょうね。」
は苦笑すると、カッシェルの手を取り、握った。
「なんですか?」
「私、守られる姫でいいわ。
…ではカッシェル、兄様の部下が飽きたら私を守る騎士になって?」
彼女は彼を真剣に見つめた。
カッシェルはそれに少し拍子抜けしつつ、彼らしくなく優しく聞き返した。
「俺が騎士…ですか?」
カッシェルは、思わず騎士という所で笑いそうになった。
「私はあなたがいいの。気に入ったの。」
の言葉を聞いて、カッシェルの心は弾みながらも、
「…気が向きましたら。」
と答えた。
「ふふ…捻くれ者ね。」
は彼の返事に声を上げて笑うと、人差し指を出して、
「約束ね。」
と言った。
「…俺は、もう駄目ですね。」
カッシェルは、曇った弱々しい目でを見上げた。
「…私、」
「…あなたの目指す所に行くといい。俺はその道の、一つの石ころにすぎない…。」
は真一文字に口を閉じると、カッシェルの髪を愛しそうに撫でた。
「…何をするんです?」
カッシェルは怒ったのか、眉間に皺を寄せる。
「あなたは、私の愛すべき民。子供なのです。
それがこんな風に……ごめんなさい、カッシェル。」
「……」
カッシェルは苦しそうに黙り込むと、噎せて血を吐いた。
は腰布を破ると、カッシェルの口に当て血を拭き取る。
彼はそれを煩わしそうに手で払いのけようとしたが、はやめなかった。
「…俺はあの時、木の上に隠れてた。」
「えっ…?」
カッシェルが突然話出したので、一瞬何の事かわからなかった。
しかし、良く思い出してみるとあの隠れんぼの時の話だと気付く。
「木の上で、姫を…見てた。
…ずっと、今まで…あ…んたを見…。」
「カッシェル!!」
カッシェルの意識は朦朧とし、目は虚ろになっていく。
「俺は、変わってたろう…、」
は千切れてしまうのではないかというくらい、左右に首を振った。
「ひ…めも、変わってるが…。」
は縦に首を振った。
目から涙が溢れてくる。首を振る度にその滴は空を舞い、落ちる。
ぼやけたカッシェルの目には、それが輝く光に見えた。
「あん…たは、光だ。
人を殺す以上の楽しみを、俺に…くれた……」
カッシェルの虚ろ目が一瞬、澄んだ様にきらめくと、光を失って静かに閉じていった。
は彼の体を一度強く抱き締めると、地面に横たえて彼のマントを外し上に掛けてやった。
そして、流れる涙を止めるために目をごしごしと擦ると、その場を立ち上がる。
「…あなたは、初めて会ったあの日から私を見守ってくれた。
…ありがと…カッシェル。
あなたは変わってなんていなかった。
少なくとも、私の中では普通の男性で、私を守ってくれる騎士でした。」
はそう言うと、仲間が待つ方へと歩みだした。
さわさわと木々が揺れる。
彼らの別れを惜しむように、木々が泣いているようだった。
*********
これが本当のドリームだってくらいドリドリしてましたね(笑)
実際、私が思うにもカッシェルはレジェの中ではこんな人物ではない!!(笑)
でも、本当の彼の中身はこうだったかもしれない、ということで。
ドリーム小説だからなせる技ですな☆
2006/05/31
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