が触れる前に、ドアは静かに開いた。
その向こうに見えるのは、見慣れた後姿。






















赤い甲冑、赤いマント、濃い紫の髪の毛。





























「ヴァーツラフ兄様……。」












は彼の名を呟くと、ふらりと部屋に入った。


















































































……。」



ヴァーツラフは最初、首だけ振り返った。
そして片目で妹の姿を確認すると、巨体も振り返らせて全身で妹に会えた喜びを語った。


彼は、そのがっしりとした両腕を大きく広げて妹に向けたのだ。
















、無事だったか!!!」







兄の嬉しそうな姿と声を聞いては零れるくらいの笑みを浮かべると、今までの事を全て忘れて兄の胸に飛び込んだ。













「兄様!!!ヴァーツラフ兄様っ!!!」











は必死に兄を掴むと、一瞬も離さないように彼の胸を掻き抱いた。
ヴァーツラフも壊れ物を扱うかのように妹を優しく抱きしめると、頬に口づけをした。











、心配したんだぞ。」










ヴァーツラフは手櫛のように妹の銀の髪の毛に手を入れると、梳かしながら優しく撫でた。
はくすぐったそうにそれを受け入れながら、頬を彼のもう片方の手に撫で付けた。











「兄様…。」










は兄のキスのお返しをしようと、彼の頬に唇を近づけた。










「んむっ……。」









すると、ヴァーツラフは近づいてきた妹の唇に軽く口づける。












「にい…さま?」










はきょとんとした目で兄を見上げると、不思議そうに首を傾げた。
ヴァーツラフは自分の行動の言い訳をするでもなく、妹を見つめていた。































































「ヴァーツラフ兄様、クルザンドに戻りましょう?」









は思い出した様に兄に告げた。
すると、今まで優しく自分を見つめていた兄の顔が暗く、恐ろしい表情に変わっていくのを目の当たりにする。
彼女は危険を察知すると、素早く兄から離れて後ずさった。
ヴァーツラフは妹を追いかけずにニヤリと笑う。



















― 私に会うのを嬉しく思ってくれた兄様は、どこに行ってしまったのでしょう……。






















はこの部屋に入った時の兄の姿を思い出した。
つい先ほどの出来事なのに、ずっと遠い昔の事のように思われる。
あの嬉しそうな顔は、が小さい頃から知っている兄の顔だった。
しかし、今目の当たりにしている顔は一度も見たことない兄の顔だ。





































は彼から離れたところから、もう一度彼に訴えた。







「ヴァーツラフ兄様……。」





「なんだ、。」





「もう、クルザンドに帰りましょう?」





「何を言うか。もう少しでガドリアを葬れるとこなのだぞ。」









ヴァーツラフはそう言うと、の右後ろを顎で示した。
彼女はそれを見ると、恐る恐る後ろを見た。






























「ステラと…シャーリィ……?」



















そこにはガラス張りの丸い装置があり、中には金髪の女の子が二人、項垂れて繋がれていた。
は直感的に、彼女達がステラとシャーリィだとわかった。





から見て、左がステラ、右がシャーリィだろう。




聞いたことのある彼女らの声が、その姿をも照らしていた。








































「何故、奴等を知っているのだ?」





いつの間にか兄がのすぐ後ろに寄って来ていた。
彼はの肩を掴むと、ギリと指を食い込ませた。
兄の指が肩の肉に食い込み、は何ともいえぬ痛みを味わう。









「…シャーリィは、あの牢屋で会いました。」





「姉の方は?」







はステラのことを話すのを躊躇った。自分の頭に喋りかけてくるなんて誰が言えようか。
しかし、ヴァーツラフはそんな躊躇いを見抜いての方を力いっぱい掴んだ。










「ひっ!?」









は小さな悲鳴を上げると、痛さに唇を噛み締めた。













「セ……セネルが、話していたから……。」





誤魔化すようにそう言った。




「そうか、お前は奴等と一緒にいたのだったな。」





兄はすんなりその誤魔化しを受け入れ、話を進めた。
ヴァーツラフはの肩を離すと、彼女の身体をクルリと回し自分の方へと向かせた。
兄の顔は変わらず、暗くて恐ろしいままだ。
は兄の表情に恐怖したが、その色が出ないように心を押さえつけて落ち着かせた。




















「私が必死にお前を探している間、奴等と一緒に何をしていた?」









「……。」








「大方、私を倒す計画を話し合っていたのだろう。…………お前は、戦いが嫌いだからな。」








「……ええ。人を殺す事は嫌いですけれど、兄様を倒す計画なんてそんなこと!!」








「フ……。」









ヴァーツラフは無表情で妹を見つめると、背中に手を回して優しく抱きしめた。










は頭が混乱しかかっていた。
兄は、いきなり優しくなったり、恐くなったり。どう対応すればよいかわからなくなった。












― こんな兄様、初めて。
  いつもは、無関心のときはずっと無関心だったり、
  焦っているときはずっと焦っていたり、とてもわかりやすい方だったのに。





  もしかしたら、今の兄様はとても不安定なところに立っているのかも知れない。
  ステラとシャーリィの命には限りがある。
  滄我砲がもし失敗に終わったら、ここは既にレクサリア軍に包囲されているから…。
  部下もやられてしまった兄様には逃げ場がない。








  それならやっぱり……




















「兄様、私と一緒に…どうか一緒に、クルザンドにお帰り下さい!!!」










は自分を抱きしめている兄に懇願した。











「ヴァーツラフ兄様、私は兄様と一緒に生きたいのです。どうしても、どうしてもお帰り下さい!!!」










何も言わない兄の耳に懇願し続けた。












「今ならまだ、間に合うかもしれません、だから!!!!」












しかし数回目の懇願の際、ヴァーツラフはの身体を離すと一言、














「くどい。」













と言った。






















「ヴァーツラフ兄様……。」










「我が未来はすぐそこにあるのだ。何故、何も無くしてクルザンドに帰れるのか。」










ヴァーツラフは冷たく言い放つと、を見下す。











「クルザンドが助かるのは戦いのみだ。」









「それはっ……!」








「お前の想いは果たされん。そう言ったはずだ。」










「……!!」









「私と同じくクルザンドを救おうとしないのなら、お前は敵だ、。」








「ヴァーツラフ……兄様?」









「元はといえば、そいつらを助けようとここに来たお前だ。最初から私の敵だったな。」









ヴァーツラフはそう言うと、唾を吐いた。








































































「敵であるなら、最期まで敵でいろ!!!……私は、お前を殺す。」















































































兄の言葉を聞いて、の心は鉛のように重く、冷たくなる。

兄との暖かな思い出全てに、暗い翳がかかった。






































































「兄様が遺跡船で私に見せたかったのは、滄我砲のことですか?」





「そうだ。そして、ガドリアが我が手に落ちるところだ。昔、お前が幼かった時に言ったであろう。私の未来があると。」




は幼かった頃を思い出す。
確かに、兄はガドリアの方を見て未来があると言った。
そして、兄は兄らしくその未来を掴むために戦っている。








― そして私は、その兄を守るために戦うと言った。









それは、今でも変わっていない。











「私は、兄様を守るために戦います。」







「何だと?」







「その思いは、今でも変わっていません。」









はそう言うと、真っ直ぐ兄の目を見つめた。
キラキラ光る妹の目に耐えられなくなると、ヴァーツラフは彼女を引き寄せて荒々しく抱きしめた。
























「今になって、お前はおかしな事をいうものだ……。」




















そう言うと、妹の目を見ないように目を逸らしながら抱きしめた腕を解いた。



















― おかしなことを言っているのは、兄様も一緒。



  私を殺すとか言いながら、私を抱きしめている。



  本当の兄妹なのだから、一緒に何年も居たのだから、



  そう簡単に離れられるような関係ではないの。



  兄様もわかっている筈なのに……。



  ……クルザンドの将軍として、クルザンドの第三王子として、男として、



  きっと、ここが一番引けない正念場なのでしょう。































































は目の前の兄に悲しく微笑みかけた。






























































「愛してるわ、兄様。」










「!?」










「ずっと、ずっと愛してるわ。私のヴァーツラフ兄様……。」











、何を!?」





















































は全てをかなぐり捨てて、ヴァーツラフにさらけ出した。
彼女は手を投げ出すと、目を瞑って兄の行動を待った。


















しばらく何も起きなかったが、ふとの唇に濡れぼそったものがあたるのを感じた。
それは、求めるようにの唇を這うとパッと慄いた。












彼女は目を開けることなく、その事を聞くでもなく、静かに立っている。















次第に、暖かいものが彼女の肩や腰を触っていく。
そこからは、愛しさと優しさが伝わってきた。
はその愛撫のようなものを、とても幸せで安心できるものだと感じた。




























そして最後に、の耳元に穏やかな風が吹く。




















































「              。」


















それは音となり、の耳に届く。







はハッとすると目を見開いた。
その目線の先には、口を固く結んだヴァーツラフの何ともいえない表情があった。







































彼女は何かを問いたげに兄の顔を見たが、ヴァーツラフは顔を逸らすと、彼女の後ろにある扉を見た。
も兄の異変に気付き、扉の方を向く。




















































































「ヴァーツラフ!!!!!!」










扉がブゥンと開くと、そこからセネル達が現れた。










、助けに来たぞ!!!!」









それは、嬉しいような悲しい言葉。
































― 私は、何もかも失うのだわ…。
















は涙が込み上げてくるのを、歯を食いしばって押さえ込んだ。
























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ちょっと艶かしいというか。
不安定な兄の心をわかってしまう妹。
悪い兄をどうしても倒さなければいけないと思って
きたけれど、やっぱり、自分のお兄さんはなかなか
そううまくいかないわけです。


何年も何年も一緒に幸せに過ごしていた兄を、あなたは倒せますか?


2006/06/04



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